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第8回 チャンピオン国本京佑インタビュー(1)

技術、精神の両面において成長を遂げ、自身2年目に掴んだシリーズタイトル

[2007/12/07]

競技スキーで磨いたスピードへの感性
昨年の経験を活かし、第2戦でFCJ初優勝

 2シーズン目のフォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)のシーズンを制したのは、車番7のTDPスカラシップFCJを操った国本京佑(くにもと けいすけ)であった。2代目チャンピオンとなった感想を国本に聞いた。

 

 元々、レースをやろうと思ったきっかけは何だったのか、と聞くと意外なことに最初に熱中していたのは競技スキーだったという。経歴に寄れば8歳でアルペンスキーを始め、10歳の時にはマスターズジュニア選手権GSで優勝という成績を残している。

 

「生まれたのは神奈川県ですが、小さな頃は競技スキーをやっていたんです。その他にもいろんなスポーツを幅広くやっていました。サッカーなども結構やりましたね。その中でも競技スキーがおもしろくて、力を入れていたんですが、競技スキーは雪国に住んでいる子たちにはどうしてもかなわないんですよ。こちらは神奈川からでかけていくわけですから。それで限界を感じていたんです。で、レーシングカートは小学生のときに始めたんだったかな。競技スキーはどうしても限界があると思って、それでカートを本格的にやり始めました。スキーとカートは、スピード感などがすごく似ていて、乗り始めたら『これはおもしろいぞ』と思いましたね」

 

 レーシングカートに本格的な取り組みをしようとすれば、小学生には手の届かない額の活動費がかかる。もちろん神奈川県に住みながら競技スキー活動をするのも同じ事だ。そのとき全面的にバックアップしてくれたのは両親だった。両親は国本に、様々な可能性を与えてみようという教育方針を持っていたようだ。

 

開幕から2度のポール・トゥ・ウインを含む4戦連続表彰台で、チャンピオン争いをリードする

「カートを始めた当初は、勝ち負けは気にならなくて、ただ走っているのが楽しかった。遊び感覚で乗っていたんですね。ホームコースは大井松田などでした。でもそのうち、勝ち負けが気になるようになって。勝ったり負けたりしているうちに、負けたら悔しいし、勝つためにはどうすればいいのかといろいろと練習したり工夫するようになったんです」

 

 国本はカートで実力を発揮するようになり、2004年には全日本カート選手権FAシリーズでシリーズチャンピオンになった。

 2005年、トヨタが主宰するフォーミュラレーシングスクールであるFTRSに参加、5期生として育成候補生に選ばれた国本は、フォーミュラトヨタ(FT)にスポット参戦を果たし、本格的な四輪レースにデビューする。

 

「カートでチャンピオンになれて、トヨタの候補生になれたんです。カートの時代に同じチームにいた先輩たちが、もう四輪で活躍したのでそれは自然な流れでした。最初に乗ったのはFTです。カートに比べて大きくて重くて、コントロールの仕方が難しいなと思いました」

 

 

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